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集団ストーカーも仲間に引きずり込む友達作戦だった?|日々の出来事

わたしは妄想でしか推測できません。
できませんが、この輩は確実に真実を知った上で行動をしていると思います。

表の言われている内容ではなく、裏の本当の内容です。
動かされている加担者の方は知らないのかも?

みなさんが信じていた正義が実は闇だった。
闇のための金儲けに、わずかな金額で手伝わされていた。
(わたしがこの集団ストーカーに対して感じていた感想です。)

もしですよ。
下記の動画の内容で、日本人が集団ストーカーの工作を受けていたとしたらどうでしょうか?
(仲間に引きずり込む目的もあるでしょう。)

【八咫烏】世界が隠し続けた「日本人の正体」

そのやり方として、小学生の時から仲間に引きずり込むために「友達作戦」のようなことをしていたと思われますね。

監視役のような加担者を親しい友達として、いつも行動がきるようにターゲットに引っ付けていたと思われますね。

間違っているのかどうかわかりませんが、わたしはそのような感じがします。
現在、小学生・中学生・高校生と振り返ってみても、そのような感じがします。

ただ、これが当たっているのか間違っているのか、わたしには判断ができませんがそのような感じを受けています。
(陰謀論と言われても、それはしょうがないでしょう?)

そして、その中で金儲けの火種として利用していたと思われますね。
その金儲けは、この2026年も行われています。
(この集団ストーカーは、土木建築とのコラボと言われています。)

なので、わたしが行く先々で土木建築の工事が行われていましたが、現在はすべてが出尽くした感があります。

それでも、わたしの思考の情報を利用し、わたしの行動を利用して何かをしようと試みている感があります。

今年もすでに後半に突入しました。
今年もアッと言う間に終わってしまうのかなと思っています。
(時間や時の流れが早く感じられるようになった?)

そのような中で、相変わらずの工作も延々と続けられています。
その工作の一つに裏庭の侵入というものがあります。

前回のブログに載せようと思っていましたが、掲載してからアッ忘れてる。
と思った内容があります。

すっかり忘れていましたが、こちらのブログに掲載いたします。
日付は定かではありませんが、確か6月の終わり頃だったと思います。

その時に裏庭にあることをしました。
わたしの周辺は風がよく吹き、木の葉が落ちて枯れ葉となっています。

特に山への入り口になっている階段などは汚れがひどいですね。
汚れが目立つようになると、掃除をしています。

掃除をして集まった枯れ葉は、裏庭のわたしが歩く場所に捨てるといいますか撒いています。

その上を歩いて枯れ葉が細くなり腐葉土になればいいかなと思っています。
いずれは植物に利用したいと思って行っています。

その場所にですね。
あることをしました。

そのあることというのが、その枯れ葉の上に新聞紙を敷いておきました。
これといった意味はありません。
(ただ、植物の栽培にダンボールや新聞紙を利用しているだけです。)

それともう一つ、このようにした場合、裏庭に侵入した生き物はどうするかという疑問もありました。

自然界の動物はどうするかという疑問がありました。
その結果がこちらですね。

見事に裏切られたという感じです。
新聞紙なんて、お構い無しにその下の枯れ葉を掘り起こしています。

野生の動物なら少しは警戒するのかなと思いましたが、なんのそのです。
新聞紙の下の枯れ葉に狙いが定められているようです。

新聞紙は避けて他の場所を掘りおこすのかなと思っていました。
ですが、すでに新聞紙の下に枯れ葉があるということを分かっていたような感じですね。
(迷いがない感じですね。)

このようにしているのは、アナグマなんですけどね。
裏庭に侵入して、土を掘り起こしている生き物はアナグマです。

では、アナグマの狙いはなんでしょうか?
アナグマの狙いは、餌だと思います。

餌の確保だと思いますね。
(アナグマが探しているのはミミズだと思います。)

わたしがいつも疑問に思っている内容があります。
アナグマのような野生動物は、どこに餌があるのかを感知して探しているのか?

それとも全く分からずに、あてずっぽであちこちを掘り起こしているのか?
掘り起こしている目的は、ミミズなのだと思います。

ミミズを探すために掘り起こしていると思っています。
ですが、掘り起こした場所にミミズがいるという事で掘り起こしているのでしょうか?

このような内容は、動物の都合ではなく集団ストーカーの都合で行われている可能性が濃厚ですね。

要するに、わたしの周りにいる生き物は、この連中によって操作をされているという事だと思います。

わたしが現在、食事の最中に行われているような事だと思いますね。
なので、わたしの周りにいる生き物はある程度コントロールされています。

その生き物を見たあとは、その生き物の鳴き声のみを流しています。
そうでなければ、わたしの何かのタイミングに生き物の鳴き声を出すというような事は出来ません。

なので、音だけ出しているという事が分からないように、その生き物の鳴き声を流す場合は、あらかじめターゲットにその動物の姿を見せつけるのが定番になっています。

その生き物の姿をわたしに見せつけたら、あとは鳴き声だけでOKになります。
要するに、ごまかしです。

この集団ストーカーというのは、ほとんどの場合においてごまかしが行われています。
(そのごまかしをいかにして正当化させるのかに終始重点が置かれているような場合もありますね。)

わたしは、野生動物のドキュメンタリー映像を見ることが好きでした。
その頃、テレビ番組で特集をされて放映をされていたこともよくありました。

わたしが30代の頃です。
その中で、今でも印象的に脳裏に残っているのが象の行動です。

象が塩を求めて大移動する様子です。
岩塩のような塩を求めて移動する様子です。
(人類だけではなく、動物もミネラルが必要?)

象にはその塩のある場所が分かっていて、その場所に向かって移動する様子です。
象は体が大きいので、それだけ塩分の量も増えるのかなと思います。

もともと野生動物には、そのような能力があると思っています。
ないのは人類だと思っています。
(ないので機器に頼る必要があるのかな?)

7月8日にも、裏庭をホリホリをされていました。
いつものように裏庭を掘られていました。

定期的に裏庭に出没しているようです。
何年も前から同じ状況です。

どのようなタイミングに来るかと言いますと、特に裏庭で作業などをした場合などは、決まったかのように裏庭に生き物が出没をしていますね。

わたしが裏庭で作業をした後には、必ずと言っていいほで出没していますね。
どのような作業をしたのかなど、確認をする目的もあるのかなと思います。

それに、わたしの行動は近隣の加担者によってすべて監視をされています。
それなどの報告により、この輩が生き物を動かしている可能性があります。

作業の内容が、種を蒔いたり苗を植えたりした場合は特に顕著に表れていますね。
(これは有利性の現れかなと思います。ターゲットを有利にさせてはいけない?)

このようなことが生き物にわかるはずはありません。
すべては加害者側の監視の中で行われています。

わたしの行動はこの連中の監視によってすべてが明らかにされています。
その明らかにされた情報により、裏庭に動物を出没させています。

どこで何をし、どこに何を植えたのかなどすべてを読み取られています。
これが正しい行動なのかどうかは、皆さんで判断してもらえばいいと思います。

わたしが関わる問題ではないと思っています。
わたしがこの連中に関わって、良くなるとは思っていません。

この監視によってなのか分かりませんが、ある程度ピンポイント的に植物を植えた周辺を掘られています。

この連中の卑怯なところは、この行動を生き物がしたことでしょうね。
生き物がしたことで、自然現象で済ませようとしていることですね。

この連中が生き物を操作しているにもかかわらず、生き物が勝手にしたようなことにしています。

何年も前からそうしていることでしょう。
果たしてこのような行動は、何を意味しているのでしょうか?

わたしの家族といいますか、わたしの家族や身内は全員が何かしらのこの集団ストーカーのような工作を受けているはずです。

祖父がこの場所に来てから、わたしで三代目になります。
なぜ、ここまでこのような工作をされるのか未だにはっきりとしたことは分かりません。

分かりませんが小学生の頃から、わたしは監視をされていたと思います。
監視と言っても現在のような監視ではありません。

学生の頃は、お友達作戦のような感じですからね。
必ず親しくなるような友人を作られていました。

その友人が監視役だったのかなと思います。
親しくなり何をするにしても一緒に行動をするような形です。

学生のときはこのような感じで過ごしていました。
まぁ、そのようなときはこのような集団ストーカーのような事は、当然考えていませんからね。

その当時は、集団ストーカーの名前すら存在していなかったはずです。
なので、現在このような状況になり学生の頃の状況を振り返ってみても、そのようなことだったのかなと思うばかりですね。

現在は、この集団ストーカーの最終段階を迎えているのだと思います。
最終段階だと思っているのですが、ですがその工作を自然現象で済ませようとしていることです。

この輩が人工的に手を加えたとしても、それを自然現象で済ませようとしています。
この世の中の流れと同じような経路をたどっているのかもね?

わたしが仕事場を御弓町(おゆみのちょう)に引っ越しをしてしばらくしてから、よーいドンで最終段階を迎えるようになったと思っています。
(地元の人間でしか分からない内容・地名で申し訳ないです。)

ちょうどその頃は進学期が始まるような時期でした。
今まで散々に金儲けに利用されてきたと思っています。

このよーいドンはそれの証拠隠しでもあると思っています。
危険人物に仕立て上げられて町中で監視をし、鬼ごっこのようにしてわたしを追いかけまわしています。

普通では考えられない状況です。
この裏庭でのホリホリもその一環だと思います。

わたしに野菜の栽培はさせない。
と、いう考えもあるのかなと思います。
(店で販売されてる農薬や防腐剤まみれの野菜や果物をお金を出させて購入させようという考えもあるのかなと思います。)

それにわたしが店に行かなければ、この集団ストーカーに加担している加害者の行動場所も無くなりますし、店側もメリットがなくなります。

まぁ、裏庭での監視は危険人物が裏庭で何をしていたのかを確認するための工作でもあると思っています。

表の玄関先のような場所であったら、誰の目にもつきやすい場所で何をしているのかも分かりやすいですが、裏庭は少し事情が違うからだと思います。
(でも、最近は裏庭もよく見渡せるようになっています。)

この全世界で行われているこの集団ストーカーの内容ですが、ターゲットの現状が言いふらされている内容と全く違う場合が多いですね。

危険人物にしなければ、監視や嫌がらせなどの行動は誰もしないはずです。
危険人物のような人間なので監視もできれば、精神的にダメージを与えるような音出しなども協力できるのだと思います。

わたしは、この集団ストーカーというのは土の時代の産物だと思っています。
ですが、現在は風の時代です。

だんだんとやりづらくなってきているはずです。
風の時代には不似合いですからね。

まぁ、この集団ストーカーを行っている加担者は意識をしていないと思います。
それに、風の時代などは分からないと思いますよ。

今回、かぼちゃの苗を何箇所かに分けて植え直しをしました。
このかぼちゃはお店で購入したかぼちゃの種を枯れ葉を集めていた中に放り込んでいました。

そしてあるときふと思い出して、その場所を見ると芽を出していました。
わたしはここまで芽が出るとは思っていなかったので、ちょっとばかし驚きです。

かぼちゃの苗を植える時期はとっくに終わっています。
ですが、ここまで芽を出しているので、かぼちゃの実を収穫するということではなく寒くなるまで苗が育ってくれたらいいかなというような感じで数カ所に植えました。

その中の一箇所がピンポイントに掘られていました。
このようなことは、わたし一人が楽しんで行っていることです。

なので、わたしが言わなければ誰にも分からない内容です。
ですが、わたしの行動の内容は全てこの連中に監視をされて把握をされています。

なので、わたしの人権やプライバシーは何もありません。
当然ながら人権やプライバシーがないので自由もありません。

わたしが動こうと思えば自由に動けます。
ですが、必ず監視が付きまといます。

このようなことが自由かどうかは疑問ですね。
それに加えて電波などの照射をほぼ一日中受けています。
(夏定番の熱照射もそろそろ本格的に始まったのかなという感じです。)

それは、わたしの思考を読み取るためだと思います。
この集団ストーカーというのは人体実験でもあります。

この人体実験のために、危険人物に仕立て上げて監視をしているようにしていますが、実はその監視でデータ収集をしていたということもありそうです。

まぁ、ホリホリされた場所のかぼちゃの苗は植え直しをしました。
さらに深く植え直しをしました。

他の場所は、木の枝で覆いをしているのですが、この場所はしていなかったのがホリホリをされた原因なのかなと思っています。

雑草も生えてなくて土が丸出しになっているような場所が掘られていることが多いですね。

この連中の工作というのは、わたしの見る場所、行く場所で行わなければ意味がありません。

わたしに見せなければ意味がありませんからね。
なので、わたしの行く場所はこのように掘られて工作をされている場合が多いです。

これは、街でも同じですね。
わたしの行く先々で工事や建築などが行われていますからね。

なので、わたしの行かない場所は昔のまんまだったりします。
あれれと思うでしょうが、事実でもあります。

そして、お前バカかと思われる内容があります。
それはですね。

蟻に餌をあげています。
蟻に砂糖をあげています。

本当にお前バカかと言われそうですが、わたしは好きで行っています。
ありが砂糖をくわえて巣穴に運んでいる姿を見ていると楽しくないですか?
(わたしも日本人のおもてなしの精神があるのかなと、ふと?)

それがですね。
8日の朝、その蟻に砂糖を上げた場所を見ると、なんじゃーと思えるような状況になっていました。

なんじゃー、誰がこのようなことにした?
と、思えるような状況になっていました。

砂糖が土に変わっていた?
そんな馬鹿な?

この連中の仕業か?
それとも???

当然、裏庭に侵入した生き物にはできな芸当です。
この輩の仕業か?

神業的な所業です。
このようなことをしようと思えば、この輩が裏庭に侵入してその場に来ないとできません。

裏庭に侵入してホリホリをしたと思われるアナグマには不可能ですからね。
これはもしかしたら、蟻が行ったのか?

これは蟻が蟻塚(巣)を作るために行ったのかとも思いましたが?
でも、このような場所に蟻塚のような巣を作るとは考えられません。

雨も風も当たるような吹きっ晒しの場所です。
冬になれば雪も積もる場所です。

そのような過酷な場所に、蟻の巣を作るとは思えません。

雨よけのために瓦の破片で雨よけを作ってあげていました。
もしかしたら、それで巣を作ったのかな?

その土を除いて、新しい砂糖をあげました。

蟻がその土を加えて運べるか?
砂糖の下には土がありません。
(発泡スチロールの上に砂糖を置いています。その下は鉄板です。)

2日くらいの短期間にこのようなことが出来るか?
数で勝負なのか?

わたしがこの土を見て、一瞬に思ったことがあります。
それは、植物の栽培にはいい土ではないのか?

もし、蟻であれば同じような行動をとるかもしれません。
しばらく様子見ですね。

12日の朝に氣がつきました。
夜中に侵入してきていたようです。

この場所が荒らされていました。
この場所は、掃除をして出た枯れ葉を集めていた場所です。

その枯れ葉に新聞紙を敷き、その上にこの連中にやられてしまった服を切り広げて、首の部分にかぼちゃの苗を植えました。

そして、その下にお酒のパッケージを服の下に埋めていたのですが、綺麗に掘り出されていました。

これは明らかにお酒のパッケージが狙われていますね。
それはですね。

11日にあることに使いたくて、お酒を購入しに出かけています。
その時に、あるお弁当屋さんの駐車場にパトカーが停めてありました。

たぶん、前回のブログの内容の関係でパトカーを停めていたのだと思います。
警察官の方は、車に乗っていません。

行きも帰りも、その駐車場に停めたままでした。
その時に確認をしたのですが、市報に載っていたパトカーの文字配列が明らかに違っていました。
(このパトカーも文字配列を違った形にしてわざと置いていた可能性もなきにしもあらずですが、)

この駐車場にパトカーが停めてあることで、ハッキリしたことがあります。
このように車を停めたり、作業をするような場所というのは必ずこの集団ストーカーに加担している場所や加害者宅で行われているということです。

このパッケージの中で、つる性植物を育てるつもりでいました。
(ツルをお酒のそそぎ口からニョキッと出して、)

その他にも、豆乳のパッケージをつなぎ合わせて、大根を栽培しようと試みていましたが、あっさりと邪魔をされました。

わたしはいつもこんな感じで、やり直しやり直しの連続です。
砂糖の場所も、こんな風に変わっていました。

皆さんで考えてみてください。
わたしより、皆さんの方が詳しいと思います。

そしてですね。
神社の参拝の時に、現在は広場になっている場所に祠があります。

その祠に行くには、通路のような道があります。
この道をよく掘り起こされています。

掘り起こされるたびに直しているのですが、よくですね。
お菓子の袋が落ちていることがあります。

アナグマが掘り起こしたと思われる場所を直しているのですが、そのようなところにお菓子の袋が捨ててあることがあります。
(そのような時は、拾って帰るのですが、)

たぶんですね。
この工作員の方が、山の作業に入った時に食べたお菓子の袋だと思っています。

アナグマがどこからかお菓子の袋をくわえてきて、この場所に捨てたのでしょうか?
真実から離れると、どんな妄想や空想も出来ます。

まぁ、わたしごとですが、食べた菓子の袋は持ち帰って欲しいと思います。
(この集団ストーカーの工作員の方は、表向きは正義のはずです。)

この山も、わたしが小学生の時の面影は何一つ残っていないような状況にしてあります。

たぶんですよ。
わたしが考えても、皆さんが考えても同じだと思います。

防犯活動に山の形状を変える必要があるのでしょうか?
そこには、防犯活動ではなく他の目的が隠されているのではないでしょうか?

この鳥取市もわたしが行けば行くところで、作業や工事が行われています。
昔の面影がなくなりつつあります。

そこまでする必要性は何でしょうか?
昔のものでも、大切なものは大事に残しておきたいという考えはないのかなと思います。

たぶん、そうしていると思うのですが、わたしの目にはそのように映ってはいません。

では、