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集団ストーカーのメインは超音波と音声送信だった?|日々の出来事

今日(15日)の午前2時46分頃に目が覚めました。
目が覚めたので、トイレに行きそのトイレの帰りに裏庭に出てみました。

あいにくの曇り空で星は見えませんでした。
その時です。

ジェット機の音が聞こえてきました。
こんな時間にジェット機と思いましたが?

今までだと、上空で光が移動している?
あれは、UFOか、なんだ?

と、見ていると光がチッカー、チッカーと点滅を始めて、あぁなんだジェット機かという感じでした。

その光が通り過ぎてから、しばらくしてジェット機らしい音がかすかに聞こえる程度でした。
(なので、ここまで大きな音はこの時間帯に聞くことはありませんでした。)

その音は、西の空から東の空に音は消えて行きました。
(曇り空だったので、ジェット機の点滅の光は見えません。)

ですが、このジェット機の音は西の空からではなく、なんとなく途中(真上のちょっと先)から急に聞こえ始めたような感じでした。
(そして、その後にパラパラと雨が降り始めました。)

その後、雨となり降り続いたというこではありません。
パラパラで終わりました。

わたしの集団ストーカー工作では、よくあります。
これは、このようなことかなと思っています。

音は出ているのだけれども、遠くすぎてハッキリと聞こえない。
なので、集音マイクなどで音を拾いターゲットに音を照射する。

照射することにより、音が急に大きく聞こえるようになる?
はっきりとそうだと言えませんが、そのようなことをしている可能性もなきにしもあらずです。

ここからは、13日の出来事です。
わたしが、昼過ぎあたりからこの集団ストーカーの概要の内容をパソコンに打ち込んでいました。

すると打ち込む内容によっては、かなりの音出しがありました。
いつもより音の出方が、ちょっと違うなと感じていました。

なので何処の加担者が動いて、どのようにして音を出しているのか疑問がわき、確認のために玄関に向かい確認をすることにしました。

すると、なんとですね。
通信会社と思われる車が止まっていました。

13日の午後から通信会社と思われる車が止まっていたのかなと思います。
自宅の斜め前の敷地にクレーン車が止まり、電線の配線の作業なのか?

電線を触っていました。
(時間は午後1時半頃です。)

この集団ストーカーというのは、この通信会社の加担がなければ始まりません。
電波を扱うので、絶対に必要不可欠です。

この通信会社が何をしに来たのか?
それは数日経たないと分かりません。
(16日現在、緊急車両のサイレンの音が大きく聞こえるようになったかな?)

ですが、工作の内容の変更を行いに来たことは明らかです。
それは実際に工作が始まらなければ分かりません。

15日の時点で言えることは、超音波がきつくなったことと音声送信の声が頻繁に聞こえるようになったかなと思います。
(確定ではないのですが、現時点でそのように感じています。)

この超音波と女性の音声送信は、何があっても無くなることはありませんし変化もありません。
(毎日毎日、超音波と音声送信は継続して続けられています。)

この超音波と音声送信が、この集団ストーカーのメインと言ってもいいほど終わりがありません。
(他の工作は変化をしても、この超音波と音声送信は変わることがありません。)

この通信会社の電線の配線によって、加担者宅にわたしの情報が伝わっています。
このようなことをしなければ、わたしの監視と音出しは不可能です。

特にわたしの自宅のそばの加担者宅は、そのようにされているはずです。
それがなければ、この集団ストーカーの工作は始まりません。
(メインとして機能しているようですから、)

特に音の送信や音声送信なとは電線の操作によって、自宅のわたしにいる部屋に音を送り込んでいると思われます。

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これは明らかに携帯電話やスマホなどの原理と同じだと思っています。
発信する側と受信する側、その中間に基地局があるような、それが電柱や電線に仕掛けが仕込まれ自宅へと送り込まれているのかなと思われます。

外から出る音が違う場所から出たとしても、わたしの部屋で聞こえる音は同じ場所から聞こえてきます。

そして、わたしの行動もこの電柱や電線に設置されている機器によって把握されていると思われます。

ターゲットが今この場所を通った、この場所にいるとかね。
なので、わたしが行く場所は必ずこの通信会社によって電柱や電線の作業が行われています。

もう疑う余地はありません。
なので、この集団ストーカーの工作にはこの通信会社の工作と加担が絶対に必要不可欠です。

この集団ストーカーというのは一つの法則があるように思えます。
わたしがそう思っているだけかも知れませんが?

法則と言えるのかどうかターゲットにされているわたしには判断はできませんが、長く続けるためにこのようなことを行っているようです。

それは第三者から見ると善の行いでなければならないようです。
良い行い、善行でなければならないようです。

これが、この集団ストーカーの決まりごとと言いますか法則として言えるのかなとわたし自身はそう感じています。

要するに加担者は悪く思われてはいけない。
これが鉄則なのかなと思います。

その法則と言いますか鉄則の中に、最も需要なことがあります。
それは、第三者から見れば善行であっても、集団ストーカーのターゲットに対しては悪行でなければならないということです。

悪行というと語弊があるかもしれませんので、嫌がらせとか邪魔をすると表現をしたいと思います。

これが集団ストーカーの法則と言いますか鉄則だと思います。
なので、この集団ストーカーの加担者の行動は第三者から見て良い行いでなければなりません。

ですがターゲットに対しては別の意味合いを持たせることが、この集団ストーカーの理念と言いますか概念だと思います。

周りには良く見せて、ターゲットだけには悪く思わせる。
悪い印象を与える。

これが、この集団ストーカーを長年続けられる理由でもあると思います。
もし、この集団ストーカーの裏の加担者が悪行を働く場合は、完全に包み隠された状態で行っているはずです。

なので、わたしが出かけた時に自宅に侵入して悪さをしていることなど誰も知らないでしょうね。
これが集団ストーカーの裏と表です。

この集団ストーカーは表だけでは成り立ちません。
裏工作が絶対に必要です。

ですがそれを知っている加担者は、ほぼいないと思います。
加担者でも中心的な加担者のみが知っているとはずです。

コインの裏と表、それで一つのコインになります。
物質の世界はそのような世界だったと思います。

道路も同じではないでしょうか?
一方通行の道路が延々と続いたら加担者の皆さんは片道切符のようになってしまいます。

戻ってこれません。
まぁ、冗談ですけどもね。

例えば、一つ例をあげます。
わたしはドクダミが欲しいと思ったことがあります。
裏庭にも生えてくるのですが、時期によっては生えてくるの時期が遅い時もありました。

他の場所では生えているのに、まだまだ生えてこない時がありました。
(現在は通常に戻っています。)

それで、ある場所を通った時にドクダミが沢山生えていました。
その沢山生えていたドクダミを見て、あっ欲しいと思いました。

わたしはそう思い、そう考えただけです。
そして、その後どうなったかと言いますと、すぐに業者の作業の手が入り草取りが行われました。

皆さんはこれをどう思われますか?
草取りが悪行に思えますか?

悪行に見えますか?
たぶん、誰も悪く見えないでしょう。

ですが、わたしから見ればどうでしょう。
欲しいと思っていたものが無くなりました。

これが集団ストーカーの鉄則なのかなと思うのですが、皆さんはどう感じて工作をされているのでしょうか?

集団ストーカーの加担者の方は第三者目線で、ターゲット目線ではないはずです。
まぁ、当然といえば当然でしょう。
(ターゲットに意識は向けられているでしょうが?)

今、ただいまーという加担者の声が聞こえてきました。
時間にして13日の午後1時30分です。

この「ただいまー」もこの法則に則って行われています。
この場所に通いで、親の介護に来ていると思われます。

それによって、来たよーっということで毎回「ただいまー」と音声送信のように部屋に聞こえてきます。

これが、わたしには良いとか悪いとかの判断はできません。
それは、個人の自由だからです。

ですが、わたしの耳には心地よいという判断は下されていません。
これが集団ストーカーの工作です。

この音声送信で何かが起動して情報を得る仕組みになっているのかなと思われます。
なので、この集団ストーカーは第三者目線とターゲット目線の両方がどう思うかを考えられた工作になっていると思われます。

わたしの自宅前を車がよく走り去って行きます。
この工作は、わたしがどこに行ってもどこに引っ越しをしても同じです。

車両ストーカーと言われ工作活動を行っていと思われる車が、わたしの思考が働いた時や何かの動き始めに自宅前をタイミングよく走り去っています。

この車両ストーカーは、防犯活動を行っているという名目で自宅前を走り去っていると思われます。

これなども表向きの善行は防犯活動ですが、見えないところで電磁波を飛ばして何かの音を出していたり、情報収集をするための仕掛けを起動させているなどの工作をしかけていると思われます。

なので、わたしが台所に行った時の最初に車が走り、そして部屋に戻る最後も必ず車が走り去っています。

スイッチのオン・オフのような感じなのですが、でも情報の収集は別の加担者が行っていると思われます。

車は走り去っていなくなりますからね。
その思考や台所の作業内容の情報を拾う人が必要だと思いませんか。

例えば、わたしの情報を収集するための装置が起動しました。
起動してわたしの電氣信号が読み取られています。

その読み取られている電氣信号は誰がキャッチしているのですかね?
たとえ分かったとしても、わたしにはどうすることもできません。
(それにバレると別の方法を取ってくるでしょう。)

無理知恵を働かせても意味がないことは分かっています。
他人事は他人事で自分は自分と割り切った方が一番なのかも?
(工作の内容だけ分かればそれでいいと思っています。)

ある時にもこんな出来事がありました。
これは衛星からの照射による操作?

そう考えてもおかしくないような出来事がありました。
わたしはポットに苗をちょこちょこっと栽培しています。

そのポットに水をあげる時に底面給水で行いました。
ある入れ物に水を張り、ポットをポチャンと入れました。

それを何ポットか行い、その入れ物の水を捨ててある場所においていました。
そして別の作業をしてから、その入れ物を使うためにその場所に行きました。

そして、その入れ物を見てアレっと?
なんで?

なんでそうなったのか分かりません。
別の作業をしている時に、なんでこうなったの?

その入れ物に亀裂が入っていました。
これでは、水を溜めておくことができません。

水を溜めるものは他でも代用できますが、それよりもなぜこうなったのかが問題です。
別の作業をしている時に、どうしてこうなったのか?

しばらく分かりませんでした。
ですが、その入れ物を持ち上げておかしなことに氣がつきました。

誰かが指でも突っ込んだのかな?
いやいやそんなはずはありません。
(わたしは何もしていません。)

裏庭にいるのは、わたしだけですからね。
このことを考えたら、上から?

それに亀裂の入った真下にその穴の空いた場所があります。
牛乳パックを入れるようなコンテナを二段重ねにして置き、その上にその入れ物を置いていました。

そして、ある時に入らなくなった新聞をなんとなく下においていました。
この時は、何かで水をこぼしたのか新聞紙が湿った状態になっていたはずです。

はっきりと覚えていませんが、底面給水をして濡れた状態のまま置いていたからかも知れません。

衛星からの操作・工作もあるようです。

衛星からの監視もされているようですし、今でも疑問なのはわたしが仕事をしていた時に、屋根からと思われる音です。

ボーンと言うような音です。
この音をごまかすために、カラスを利用してカラスが屋根を飛び跳ねています。
と、いうよにカラスでごまかしていると思われます。

実際は衛星からの電波の照射だった可能性もあります。
カラスが飛び跳ねたくらいで、あのような太鼓をたたくような音は出ません。

それにスピードもかなり速かったですよ。
屋根で太鼓を叩いて運動会でもしているような感じでした。
(カラスはピョンピョンと跳ねる感じではないでしょうか?)

鳩のように足を交互に動かして歩くこともできると思いますが、その場合は体を左右に振る必要があるかなと思います。

鳩は首を前後に動かしてそれを可能にしていると思いますが?
飛び跳ねた方が早いはずですが、平たい石を水面に投げた時のような速さは無理なはずです。

それに近いくらいの速さの音が出ていました。
カラスがそのような速さで飛び跳ねることは、まず不可能です。
(誰が聞いてもそのように思うはずです。)

録音をしていればよかったなと思うのですが、その時はそのような考えはありませんし、ICレコーダーも持っていませんでした。
(また、この連中の工作が始まったなと言う考えだけです。)

それをどうこうしようと言う考えは全くありません。
その時はそのような考えでした。

その音が出ているから出ている。
虫が鳴いているから鳴いている。

水の流れのように、流れているから流れているのだなという感覚です。
それをどうこうしようと言う考えは全くありません。

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2026年の現在もそのような考えは持っているのですが、現在は度がすぎる工作が増えてきました。
では、その度がすぎる工作で何がどのように変わるのかわたしには分かりません。

度が過ぎようと、過ぎてなくても工作は工作です。
(集団ストーキングであることは間違いありません。)

ただ、わたしの考えはその工作をすることによってどのような影響が出て、誰がどのような方法で行っているのかそれを知りたという考えはあります。
(客観的な考えでしかありません。)

それほど長い年月にわたり工作をされてきた証でもあります。
これが当たり前の状態になってはいけないのですが、それが当たり前の状況になりつつあるのも確かだと思います。

雨が降り、風が吹くような感覚になりつつあるのも確かだと思います。
わたしが外に出れば、誰かの付きまといがあり誰かが咳払いをする。

家の中では、わたしの思考の働きにより誰かが動き、どこかで音出しが始まる。
(そして、誰かにより毎日毎日私生活を監視されている。)

これがわたしの現状です。
では、それをすることによってこれからの世の中がどのように変化をするのか?

これは、たぶん誰にも分からないはずです。
(わたしにも分かりません。)

ただ分かるのは、この集団ストーカーは保身だと思っています。
自分自身を守るための保身だと思います。
(企業で言えば上司の言うことを聞いていれば安泰というような?)

そのような感覚をこの集団ストーカーから受け取れます。
なので、お金が生活を支えているという考えを持っている以上、この工作は限りなく続くと思っています。

その保身と便利さを何かに求めているような感覚です。
その便利さを何かを犠牲にすることによって、成りたたせているようなイメージを受けます。

この集団ストーカーというのは、自然界から切り離された考え方です。
自然界から切り離された工作がこの集団ストーカーだと思っています。

では、