前回のブログで、地域での付きまといや嫌がらせの音出しが一段と強くなりました。
ブログの内容で動いているというのは、大体の雰囲気で分かります。
しかし、地域のだれもが私のブログを見ている訳ではなと思います。
そうなるとアクセス数も増えます。
ホームページでも同様です。
そもそも、私がブログをアップしていることは誰にも言ったことはないし、誰も知らないと思っています。
それに、ブログの内容と私とが繋がらないと思います。
それが分かっている。
大体、一日二日で情報が行き渡っているようです。
地域の方は指示で動いているだけだと私は思っています。
この内容でどこが動くか、誰が動くか大体の判断がつきました。
普段から動いているところは、それなりに動いています。
ブログをアップした次の日、前居た場所に一週間ぶりに帰りました。
そこでも、よく動いていた所はそれなりの動きをしていたようです。
二階の創価学会、お向かいの創価学会の方は、もう言わなくても分かって頂けるとおもいます。
ここで、お断りをしておきたい事があります。
前回のブログで下記の表現を使いましたが、これは地域の方々に言っているのではありません。
『ミイラとりがミイラになる日が来ることを信じて止まない被害者です。』
誰でも生活があり、守るものがあります。
全国の被害者の方も同じです。
それは、あほなぺいぺいの私のようなおっさんでも分かります。
それを影で利用し、企んでいるような汚い卑劣な連中にいっているのです。
誤解の無いようにお願いします。
それと私が何かをするような危険人物にされているようです。
私が近くに行ったり、そばで探し物をしたりすると構えるような格好をする事がよくあります。
これは私が何か危害を加えると言う事でしょうか。
何のために、私は前から変わっていませんし、私は何もしません。
大笑いです。
多分、この付きまといも危険人物だから、と言う事で付きまとっているのだと思いますが、私は何もしないので私は集団のストーカー行為だと思っているし、向こうは危険人物だからだと思っているし、そこで食い違いが生じているのだと思います。
もし、そのようなことで付きまといをしているのであれば、これを言い始めた張本人は引き下がりが付かないでしょう。
その方が大物であればなおさらです。
ここまで大掛かりな事をして、いまさら間違いでしたとは言えないでしょう。
なにが何でも、私を危険人物に仕立て上げるのでしょうか?
それと、私を危険人物に仕立て上げる理由が他にもありそうです。
それは、人体実験。
その人体実験を隠すための工作?
以前から不思議に思っていた事、どうして思考のタイミングに素早く反応できるのか不思議に思っていました。
何かの機器を使って確認していたのでは、動作がずれます。
思考のタイミングに自動で何かで音出しをするのとは別に、人間の動作だと何かを確認していたら、ワンテンポずれると思います。
そのずれがありません。
これは、頭と頭が繋がっていないとできません。
ある音出しができる用意をしておき、考えが伝わるタイミングに動く。
例えば、車のドアであったら、ドアを閉める体制で待ち思考が伝わったタイミングにドアを閉める。
まだ、分からない事があります。
それは私の思考が地域全体に伝わっているのか、誰と誰に頭と頭が繋がっているのか、私がそばに行かないと繋がらないのか、まだ判断がつきません。
しかし、機器も使わず、私の思考のタイミングに音出しが出来る人は確実に伝わっています。
その思考の電波を強くするために、毎日、電磁波を受け続けているのでしょうか?
町全体が人体実験場にされているのでしょうか?
私の思考のタイミングにそばの木から鳥がピーピーとよく鳴きます。
これは、ブログに記載しろと鳴いているのでしょうか。
日本は政教分離の国です。
憲法には明確な政教分離の言葉はありませんが、憲法にはあります。
存在すること自体が問題ではなく、その行いが問題になります。
また、諸々の行ないで逆に存在が問題になるのかな?
権力とお金がそうさせるのでしょうか?
なら、総理大臣が店でガリガリ君をひとつ万引きしても、店側はガリガリ君はよく売れているから、ひとつ位はと言う訳ではないと思います。
それとも、日本には違反してもいい憲法と、違反してはいけない憲法とがあるのでしょうか?
では、憲法とは一体何?
国を守るため、地域を守るため、国民を守るため、生活を守るため、人権を守るためそれとも悪を守り自分を守るため?
鳥がピーピーと鳴いています。
P、P・・・
分かる人は分かると思います。
あほなおっさんでこのような表現しかできません。
この事も私がパソコンに文字を打ち込むと同時にリアルタイムで隣が見ていると思います。
ある程度パソコンのデータ・思考のデータが溜まると何処かに持っていっているようで、私が何かしようと考えていた事が先にどこかでほのめかしのように使われている事がよくあります。