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利権はターゲットの私生活がヒントなっていた?|日々の出来事

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投稿日:2019年6月21日 | 最終更新日:2024年12月24日

この集団ストーカーというのは地域だけの問題ではありません。
この集団ストーカーというのは利権です。

その利権に対して、どこをどのようにするのかは何かのヒントがあればスムーズに展開ができると思います。

そのヒントが集団ストーカーのターゲットだと思います。
利権はターゲットの私生活の中から思考や行動を監視、把握してヒントにしていると思われます。

これは、あっちやこっちから情報を入手して、チンドン屋のようになるのではなく一点に集中して行われています。
(複数設けてしまうとミスも出がちですからね。)

この時期は税金が、毎年どんどん上がっていた時期です。
収入は変わりないのに、毎年、毎年、税額があがっていました。

固定資産とか?
国民健康保険料とか?

毎年、料率が変わっているのでしょうか?
なんとなく足もとを見られていようですね。

麻生が金融庁長官をクビに 真実を言えばクビにされるファシズム独裁国家日本 坂の上零【NET TV ニュース】2019/06/13

父親が亡くなってから、毎年上がっています。
毎年、4千円前後上がっています。

これは、父親が亡くなったことによって足もとをみられたのでしょうね。

国民健康保険なら、これを何回払いにしますか?
毎年10回、徴収されます。

しかし、収入はと言えばいつもと変わりありません。
このようなことをする場合は、必ず理由が必要です。

なので何かの理由付けがあるのでしょうけどね?
ほんとに、国民健康保険料は高いですね。

前回のブログで、車の事故の内容を載せましたが、
この事も思い出しました。

集団ストーカー工作は必ず仕込みがされて地域が?|日々の出来事
https://hibi-dekigoto.com/2019/06/12/hibi-dekigoto/4541/

この事も思い出しましたね。
スキー場での出来事も思い出しましたね。
(スキー場の駐車場に入る手前での出来事です。)

あれも、おかしな感じでした。
計画的に仕組まれた出来事だというしかないでしょうね。

まず、どうなったかと言うとスキー場の駐車場にもうすぐ着くと言う所で、前の車が坂道であったためかスリップをして動けなくなってしまいました。

そのために、わたしは自分の車を止めそのスリップをしている車を、押しに自分の車を離れました。

そして、スリップしている車は神戸ナンバーでした。
どれだけ同じ場所でスリップを繰り返したのか分かりませんが、道がタイヤのスリップでツルツルになっていました。

なので、少しコースを変えたらどうですかと運転手の方に伝えました。
車の走っていない雪の場所に変えたらどうですかと、いったのですが聞こえなかったのか、同じ場所でツルツル、ツルツルとスリップを繰り返していました。

2024年の現在、このことを考えてみるとこの方はスリップをさせることが任務のように与えられた工作なのだったと思います。
(なのでわたしの話など聞く耳を持たなかったのだと思います。)

そのとき、後ろから騒ぐ声が聞こえてきました。
騒ぐ声が聞こえてきたので、ふっと後ろを振り返ると、

なんと、なんと、
目を疑いましたが、なんと車が動いていました。

滑り降りるように、車が動いていました。

わっ、たいへん。
とっさに、車に向かって走り出していました。

走り出しましたが車との距離が、かなり離れていたため追いつく事ができず、車はその後ろの車に当たり停まりました。

車にたどり着き後続車の迷惑になるために、車に乗り車を前進させました。
(かなり渋滞をしていましたからね。この渋滞も工作の可能性がありますが、)

安全な場所に車を止めました。
と言うよりも、駐車場に止めました。

駐車場が、目と鼻の先にあったからです。
この集団ストーカー工作で、よくあるのですが自分の役目が終わると、サッサと居なくなるという現象があります。
(この時もスリップをしていた車は、すでにいなかったですね。)

そんな場所で起きた出来事です。
今考えても、これはこの連中の工作であることは明らかですね。

わたしがスリップをしていた車があれば、車を離れて押しに行くということを知っていたからこその工作だと思っています。

その道の片側は崖っぷちですからね。
(この崖に落とす目的があったのかなと思います。この崖の場所はその辺りだけですからね。)

当てた車は、大阪ナンバーでした。
その、うしろはズラーと数珠つなぎのように車が連なっていました。
(大渋滞ですね。なので早く車を動かしたかったですね。)

わたしの所だけ、ぽっかりと空間を開けられていたような感じです。
要するに、滑りおちる距離を稼ぐためにわたしの車からかなりの距離を開けて後続車は止まっていました。

すべり下りる距離を長くさせるために、わたしの車の後ろの空間を長く開けていたと思われます。
(今考えてもそれは間違いないです。)

なので、これは予め仕組まれた工作だと思っています。
なので、わたしの周りに居た車はすべて工作員の可能性が高いですね。

そして、車の前進方向に向かって、左側は結構な斜面です。
(崖っぷちです。)
落ちていれば、車の原型を留めて居なかったかも知れません。

わたしの車は、前輪駆動でこのとき前輪にタイヤチェーンを掛けていました。

タイヤチェーンを掛けていましたが車を離れたときは、エンジンを掛けたままハンドブレーキを引いた状態で車を離れました。

この時、乗っていた車はマニュアル車です。
ハンドブレーキは、後ろのタイヤだけをロックさせます。

ですので、前輪はフリーの状態です。

このような時は、エンジンを切ってギアを1速に入れるか、前輪に何かを噛ませていれば良かったのだと思いますが、そのようなことは一切頭にはなく、とにかく前の車のスリップを何とかしたいと言う気持ちだけが先にたっていました。

なので、ハンドブレーキを引いたまま車を離れました。
これが、なぜ疑問に思ったかといいますと、まずわたしに車を止めさせるために、わざとスリップをさせていた思われます。

そして、後ろの後続車がかなりの距離を開けて走っていた事です。
たぶん、わたしの車を意識しながら走っていたと思います。

通常、車間距離をとる車でも、あそこまでの車間距離はとらないと思います。
そして、停まっているわたしの車に何かをされたのだと、わたしは思っています。

今でも、この実家の自宅で同じような事をされています。
青い木の実を落としたり何かを動かしたり、動かすと言っても何かを当てて物を動かすような感じです。

お祭りの屋台でありますね。
コルク玉をつめて、物に当てて落とすゲームといいますか遊戯がありますね。

そうです。
射的です。

あの射的のコルク玉が見えなかったら、無かったらどうなります。

木の実が勝手に落ちたように見えますし、物が勝手に倒れたように見えます。
これが、超音波などの電磁波の照射で出来るとしたらどうでしょう?

わたしは時々、このような出来事を経験した事があります。
一人で仕事をしている時にありましがが、ガラス戸などがガタガタと音を立てて揺れているのか揺れてないのか分からないような現象ですね。

音だけは確実に出ていたので、地震かなと思う事がありました。
それで、ラジオやネットで報道がされていないか調べても一切何もない事がありました。
(じゃー、今のは地震ではないと云う事?)

生き物の鳴き声でも同じ事が言えます。
鳥の鳴き声が急にしたり、どこかで物音がしたりしています。

これも、電磁波や超音波の照射で操作できるとしたらどうでしょう?

見えないコルク玉が発射されて、何かのスイッチが入ったり見えないコルク玉が何かに当たって、音が出ていたとしたらどうでしょうか?

今回の車のことも、何かの照射をタイヤと雪道(凍結路)の接地面に当てられたような氣がします。

何かの振動を与えないと、車は動かないと思うのですが?
それに、ものすごい急勾配の坂でもありません。

急な坂やツルツルに凍っていれば、車から下りてスリップしている車の所まで、中々行けないと思いますが難なく行けるくらいの坂道です。

坂は坂なんですけど、足が滑って歩けないと云う程の坂ではありません。
わたしは、この件で後ろの車の修理代を支払うことになりましたからね。

今でも同じですが、現金でボンと支払うことは出来ませんので保険から支払う事にしました。

こんなこともあり、二度と急な坂でも手助けは用心しないといけないなと思いました。

むやみやたらに、手助けをするものではないと思いました。
それからは、車から離れる事はほとんどなくなりました。

その事があってから当てつけのように自動販売機の缶を補充をする車が、車から離れる時に車止めをタイヤに押し込んでから車から離れる光景を目にする事がありました。

何かをすると言うことは、その人と何かの関わりが出来ると言う事ですからね。
いい場合もあるでしょうが、悪くなる場合もあります。

この組織的な集団ストーカー工作も、同じ事が言えるような氣がします。
この件があってから、スキーから少しずつ離れていき釣りに趣味を変えていくようになりました。

スキーから離れることによって、この場所のスキー場がガラッと変わりました。
このことが土木建築の利権につながっていたということなのでしょうね。

わたしが行っていた頃はリフトが2基しかなかったのですが、今では氷ノ山国際スキー場と名前も変わり大々的になっています。

これが、わたしが通っていれば何事もないのですが、わたしがその場所から離れると即工事なのどの手が加わります。
(これが利権なのでしょうけど、わたしが行った場所というのは監視などの仕掛けがいたるところに施されていたと思っています。)

わたしが行かなくなったのに、その仕掛けをそのままにしておくことは出来ないと思います。

ちまちま取りはずすよりも、一層のことガラッと変えたほうがいいという考え方にもなります。

この件で少しずつ用心深くなっていったことは確かでしょうね。
これは、魚釣りの魚でも同じです。

すぐ餌に飛びついてくる小魚、そして少し離れた場所から、ジッと餌の見極めをしている大きな魚。

何事においても、見極めが大事なのかなと思います。
すぐ判断して動いた方がいい場合もあれば、少し時間をおいて観察・判断して動いた方がいい場合もあります。

この組織的な集団ストーカー工作というのは、どちらかと言うと少し時間を置いて考えた方がいい場合の方が多いと思います。

むやみやたらに、感情的にならない方がいいと思います。
そうなる場合もありますが、ある程度の所でグッと止めた方がいいです。

その人その人の集団ストーカー工作の内容にもよるとおもいますが、それ以上入ってはいけない領域が存在するような氣がします。

あっ、そうそう。
これなんかも?

動画を見ていると、このような内容の動画がありました。
通常であれば、公にできるような内容ではありません。

日本の天皇陛下は、日本の象徴です。
誰かに進言されたとしても、日本の象徴が関わっている事でもあります。

今までであれば、絶対に公表できる内容ではありません。
しかし、このように公表されるようになりました。

集団ストーカーはターゲットのレッテル貼りが決め手?|日々の出来事
https://hibi-dekigoto.com/2014/07/20/hibi-dekigoto/3299/

それだけ、大峠の手前に差し掛かっていると思います。
この大峠や大掃除は、個々の判断や個々の考え方で随分と変わってくると思います。
(今までの世の中がどれだけ酷かったかということを物語っていると思います。)

知っている人と知らない人では、判断が雲泥の差だと思います。
(正義が正義でなかったり、悪が悪でなかったりします。)

明治天皇、昭和天皇は、日本人女性を海外に売り飛ばした

天皇一族は若い日本人女性をダマして欧米に売却する「売春業者」だった

時代の移り変わりなのか?
悪事が許される時代ではなくなったのか?

白黒をはっきりさせる水瓶座の時代になったのでしょうか?
お金や権力、地位や位で隠せたものが隠せなくなったのかも知れません。

地位や権力ではなく、善悪で判断されるようになったのかも知れませんね。
そのように、変わりつつあるのかもね?

悪事があまりにも多すぎて、バケツの水があふれるように隠しきれなくなったのか?
悪事というものは、いつかは露呈されるものだと思っています。

国民の不満もあるでしょう。
働けど、働けど生活は豊かになりません。

その原因は、なんでしょうか?
国民の感情も、沸騰点に達しているのではないでしょうか?

この組織的な集団ストーカー工作でも、同じ事が言えるのかも知れませんね。
それなりの地位の人に言われたら、そのようにするでしょうし、そう信じてしまうのかなと思います。

わたしは毎日、午前5時頃になるとカラスの鳴き声で起こされます。

睡眠妨害なのか?
わたしの目覚ましなのか?

わたしには、分かりません。
分かりませんが、いい方に考えたいと思います。
(ラッキーな目覚め、)

早く起きたい時は、ありがたいです。
なのでわたしとしては、ラッキーですね。

これは、それを行なっている側の問題でしょうね。
行なっている側が、どのような判断で行なっているかでしょうね。

悪意をもって行なっているのか面白半分なのか、それはやっている側が一番よく知っていると思います。
(どうして、都合が悪くなると雨を降らせる必要があるのか?この文章で雨が降り始めました。)

そして、影の存在として八咫烏が存在します。
八咫烏は、天皇陛下をお守りしています。

それは、当然だと思いますしそうあるべきだと思います。
しかし、しかしです。

このような天皇陛下をお守りしているのではないと、わたしは思うのですがどうなのでしょうか?

このような問題は過去は過去として忘れ、教訓として前進するべきなのかそれとも隣国のように問題を蒸し返して責任を問うべきなのでしょうか?

わたしのような、ペイペイが出しゃばる問題ではないと思います。

しかしですね。
集団ストーカーのターゲットの一人でもあります。

そして、また日本国民の一人でもあります。

日本は、神国です。
神様の判断に、お任せするのが最良なのでしょうか?

日本国憲法に、このような内容があります。

第一章「天皇」

第一条【天皇の地位・国民主権】
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基く。

と、あります。

この憲法の内容がどのように判断されるかだと思いますが、憲法では主権は日本国民にありると記されています。

なので、日本国民は主権者でもあります。

この動画では、その主権者をこのような扱いをしてもいいのかと言うような問題になると思います。

しかし、現在の天皇陛下の話ではないことは確かです。
それに、この憲法が生きていれば日本の天皇陛下を象徴として位置づけているのは、日本国民であるとも言えます。

なので、日本国民にも責任がないとも言えなくはないです。
ですので、これは日本国民が事実を知る権利があると思います。

日本国民が知った上で、日本国憲法が有するように日本国民の総意に基づくのだと思います。

国づくりとは、なんなのでしょうかと考えたりしませんか?
なぜ、地球上に人類は存在し、虐げられた生活をしなければならないのでしょうか?

たった、1%の上層部(支配層)の人間のために、99%の下層部の人間の下にいけば行く程、虐げられた生活をしています。

ほんとに、国造りとはなんなのでしょうか?
わたしもよく、国造になることがあります。

はぁーっ?
なにそれっ?

意味が分からないと思います。
国造(こくぞう)=国造りです。

そうですね。
サツマイモを、食べたときなんかは未だに国造になりますね。

もう、お分かりですね。
おならです。

わざわざ、丁寧に「お」をつけなければいいのにねと、
思ったりすることもあります。

しかし「お」を取っていしまえば、「なら」です。
「なら」でイメージするものといえば、

わたしは、奈良県です。
奈良県の方には、大変失礼な話になりますが、
ご勘弁ください。

ありゃ、法隆寺も奈良県でしたっけ?
芋食えば、おなら出る出る、〜〜!

芋を食いながら、国造りというのも、
いいもんですね。

なんとなく、縄文時代のような、
のどかな感じがします。

芋で、国造りができるんですね。
なぜか、焼き芋で和む国民性?

大変、臭うお話に付き合って頂き、
ありがとうございます。

でも、私の屁はニオイませんので、
ご安心ください。

今日も、芋を食って屁を国造(こくぞう)?

では、

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