この集団ストーカー工作は猿芝居のような屋外演劇が洗脳によって行われていると思います。
加担している加害者の皆さんは、洗脳によって動いているはずです。
またこの集団ストーカーは洗脳された洗脳ボールのようなものがターゲットと加担者の間で行ったり来たりとキャッチボールのようにして展開が繰り広げられているような感じがします。
そして、このわたしは別の方法で洗脳された状態になっていると思われます。
そこにはこのような内容があると思います。
・本人に考えさせる。
・本人に決めさせる。
これは大雑把な内容を本人に与えて、細かい内容は本人に考えさせて決めさせる。
なんとなくそんな感じがしています。
洗脳をせんの(しないの)と冗談で言ったこともありましたが、まさにそのような状態になっています。
まぁ、わたしは加担者の工作によってヒントを与えられ、その与えられたヒントによって思考がめぐります。
・あーなのかな?
・こーなのかな?
と、考えがめぐる状態になり、その思考を読み取られ読み取られた内容で洗脳をされた状態になっていると言ってもいいと思います。
たぶん、そのようになっていると思われます。
ターゲットに考えさせて決めさせる。
その内容を読み取り、その内容で洗脳工作が行われてさらにターゲットがその内容で工作をされているのだと信じ込むようになります。
ターゲットが実際にしていなくても、そのような人間に仕立て上げられているのだなと思い込むようになるのだと思います。
(ターゲットに丸投げのような工作でもあります。)
これは野球のキャッチボールのようなものでもあり、またサッカーのボール奪い合いのようなものでもあると思います。
言葉のキャッチボールであったり、思考のキャッチボールでもあると思います。
例えば、お前は監視の対象だ。
と、行動と内容で、そのようなボールをターゲットに投げかけてきます。
そして、そのボールをターゲットが受け取りターゲットが考え始めます。
じゃー、わたしはどのような危険人物なのか具体的に考え始めます。
あーでもない、こーでもなと?
そして、その内容を具体的に、こうこうこのような危険人物なのかと考えます。
その考えた内容のボールを加害者側が読み取ります。
加害者側はそのボールの内容を読み取り、そうだその通りだと読み取ったボールをターゲットに投げ返してきます。
そして、それを感じ取ったターゲットは、そうかやっぱりそのような人間に仕立て上げられているのかと思うようになります。
まぁ、こんな感じでもあり、そのようなボールを奪い合ってゴールに攻め込むようなサッカーのボールのイメージでもあると思います。
そのようなボールを加害者側が奪い取り、ターゲットのゴールに攻め込みシュートを放つような感じでもあります。
ですが、そのボールがゴールを外れたり、ゴールキーパーにキャッチされたり跳ね返された状態になっていると思います。
ターゲットがだんだんとゴールの幅を狭めてきているのかな?
それとも、もうすでにゴールがなかったりしてね?
それじゃー、試合にならない?
まぁ、集団ストーカーは試合ではありません。
(でも、せめぎ合いであることは確かだと思います。)
このように、わたしが思った内容で、加担している加害者の皆さんが洗脳を受けて防犯活動に関わるようになっています。
これは戦争と同じ原理だと思っています。
ある支配層が、戦わせる両者に資金を提供したり、武器を提供したりして戦わせるような感じです。
戦争屋が戦争を起こしてビジネスにしています。
それは戦争ビジネスだと思います。
ならば、この集団ストーカーは集団ストーカービジネスです。
和になるようなことになると、このビジネスは成立しません。
対立していがみ合ってもらわなければビジネスとして成立しません。
なので、対立をしてもらわないと困るのだと思います。
和にならないように工作を続けているのが、この集団ストーカーです。
対立を継続させる。
(この対立がお金に生み出します。)
これはスポーツなどの試合や競技などでも同じだと思います。
もっと掘り下げると企業やお店なども同じになると思います。
常にライバル企業やライバル店の存在があり、それらのにらめっこをしながら運営を続けているような感じではないでしょうか?
30日は午前2時前に目が覚めました。
まぁ、目が覚めたのでこのブログの内容を打ち込んでいます。
なぜ、目が覚めたのかと言いますと、裏庭でゴトゴトという音がして目が覚めました。
また、生き物がやってきたなという感じで、起き上がって裏庭に出てみましたが生き物の姿はありませんでした。
わたしが裏庭に出る音で逃げたのかなと思います。
ですが、これで再度裏庭で物音が聞こえてきました。
それが救急車のサイレンです。
このサイレンの音でまた、裏庭で物音がしてきました。
それでまた裏庭に出ましたが、生き物はいませんでした。
30日の午前2時前後にこのようなことが二度も起きています。
(サイレンがなると生き物が動く)
これはこの集団ストーカーに加担している加害者の方も同じです。
救急車などのサイレンなどが、加害者のお知らせとして機能しているようです。
このようなサイレンがなると、この集団ストーカーに加担している加害者が加担行動を始めます。
これはわたしがいつも言っているように、この集団ストーカーというのは動かす側と動く側で構成をされています。
動かす側というのは人間とは限りませんし、動く側も人間とは限らないようです。
ハッキリしていることは、何かの合図で何かが動くということだけです。
動かす側というのは、人間の合図だけではなくセンサーライトなどの光であったり音などでも動きます。
この音がサイレンであったり、チャイムであったり、そしてよく響く生き物の鳴き声であったりします。
(例えば、カラスなどの鳴き声です。)
それによって準備をしていた加害者が動き出します。
(ターゲットの私生活などの行動は全て把握されているので、それに合わせて加害者が準備をして合図のタイミングをまっています。)
なのでこの集団ストーカー工作は、ターゲットの内容や行動で動いていると思っていいでしょうね。
こちらのブログでも申し上げています。
集団ストーカー工作はターゲットの考えで動いている?|日々の出来事
https://hibi-dekigoto.com/2026/08/14/blog/12546/
確かにこの集団ストーカーというのは、洗脳のキャッチボールかも知れないですね。
洗脳をされているので、ここまでの工作ができるのだと思います。
ターゲットのわたしからすれば、よくここまで出来るなと思うのですがやはりそれも洗脳によるものかなと思いますね。
(金銭が発生するというのもあるのでしょうが、それにしてもと?)
これは洗脳にプラスして民族的な立場の違いもあるのかなと思います。
それにしてもここまで出来るということは相当の何かが存在するのかなと思います。
今は光と闇との争いの真っ只中にあると思っています。
最終的な結果は決まっていますが、そこにたどり着くまで波瀾の状況になると思います。
この集団ストーカーというのは、今までの社会構造の中の副産物だと思っています。
その副産物をこれからもずっと続けて行くのであれば、これから新しい社会に移行するにあたって要らない存在になる可能性があります。
これはわたしが皆さんに関わることでもなければ、皆さんが行っている集団ストーカーに対して批判をすることでもありません。
これは必然的なことなのかなと思っています。
そこに山があるから登るというような感覚に近いのかなと思います。
なのでこの集団ストーカーに対して良し悪しをいうことはできません。
ターゲットにとっては不利かもしれませんが、加担している加害者には有利に働いているのかも知れません。
それに対して、わたしがどうこう言うことはできません。
ただ、これを続けていたらどうなるかということだけは皆さんが調べて知っておいたほうがいいと思います。
わたしはそう思っているのですが、加担者の方はそうは思っていないと思います。
これにも逆があり、わたしのほうがそう思っていなくても加担者側がそのように思っている場合もあります。
これは日韓関係が如実に表していると思います。
日本側はそのように思っていなくても、半島の方は執念を燃やすかのような勢いで日本に対しての感情が湧き上がっていると思います。
それはその国の土地柄の問題もあるのかなと思います。
まぁ、その国の基盤のようなものかな?
そしてこれなどもわたしの内容で起きたのかどうか分かりませんが、なきにしもあらずなのかなと思います。
この集団ストーカーというのは、ターゲットの何氣ない内容で大惨事を引き起こすこともありますからね。
わたしは動画で配信されている世界で起きた災害の映像を時々見ることがあるのですが、今まで見たこともない規模の災害です。
ネパールとチベットの国境沿いで大規模な土石流が発生しています。
ご冥福をお祈りしたいと思います。
わたしは一時期、チベットダンスがなんとも言えない感覚になり、よく見ていた時期がありました。
まぁ、なんとも言えない優雅さを感じていました。
それにですね。
アジアの中にあって、スタイルがいいのには驚きました。
男性はそうでもないのですが、特に女性のスタイルがいいですね。
(脚が長いし、なかには何頭身あるのですかと自分自身に問いたくなるくらいの人も、)
もしかしたら、チベットダンスでそのようなスタイルになったのかなとも?
そしてもう一つ興味があったのは、YAP遺伝子です。
このヤップ遺伝子がチベットにも残っているということで、前々から興味がありました。
今回の大規模な土石流と何か関係があるのかないのか分かりません。
ネパールで起きていますがチベットにも近い場所のようです。
(環境の大掃除か?)
わたしの内容を見ていた輩が、起こしたのかどうかはわたしにも分かりません。
分かりませんが、土石流が起きたことは事実でありますし、チベットにYAP遺伝子が残っていることも事実です。
いつも思うのですが、自然の猛威には人間の力なんて無力です。
ひとたまりもありません。
なんの対処もできることもなく自然の猛威に飲み込まれてしまうだけです。
逃げ惑うばかりです。
それなのに、なぜ自然破壊をするのかと言いたくなります。
例えば、
・瞬時に空中に浮かび上がることができるとか。
・高台に瞬間移動できるとか。
できないのでしょうか?
もし、これが人類に対しての環境破壊のしっぺ返しだったら?
もしそうであれば、これからも起きる可能性があるでしょうね?
この集団ストーカーの加担者の皆さは、どのような切っ掛けで加担をしているのか分かりません。
気軽に何も考えずに加担している人も多いのではないでしょうか?
防犯という正義感だけで加担している人もいるのでは?
それにプラスしてお金がもらえるとなれば、喜んで加担している人も多いのではないでしょうか?
ですが、この集団ストーカーというのはリスクを伴うと思いますよ。
母親が亡くなった時のことを覚えていますか?
母親もこの集団ストーカーのターゲットにされていたのかなと思います。
(母親は純粋すぎましたからね。)
母親が亡くなった時、母親に集団ストーカーをしていたと思われる加担者の方も何人か亡くなっていたようでした。
それは証拠隠滅ということもあったり、保険金をもらうということもあるのかなと思います。
なのでこの集団ストーカーというのは、ターゲットだけが監視をされているのではありません。
加担者の方もわからないようにしっかりと監視をされています。
なので、わたしがいつも言っているようにこの集団ストーカーというのは戦争と同じやり方だと思っています。
戦争も同じ支配者が戦いをする両方に資金を提供し武器を提供して戦わせています。
これと同じようにこの集団ストーカーの大元が加担者とターゲットの両方を管理しています。
そして争いの火種を作って戦わせているような感じがします。
(戦争に勝ったとしても資金を提供してもらっていればその返済が待っています。)
加担者はわたしを監視していると思いますが、そのわたしを監視している加担者はその一つ上の存在に監視をされているということになります。
また、わたしが小学生の時の話になりますが、この時に怖い思いをしていたことがあります。
その場所を通る時が嫌だったことがあります。
それは、犬ですね。
その場所を通るたびに犬が吠えて怖い思いをしたことがあります。
その家は家の中に豚を飼っていて、玄関先に犬が鎖で繋がれていた家でした。
鎖で繋がれていたので飛びついてくることはなかったのですが、それでも吠えると怖かったですね。
(現在はその家はなく空き地になっています。)
なんせ道幅が車が一台通れるくらいの道幅ですから、その場所を通る時は反対側の端のギリギリを通っていました。
犬の大きさは中型犬位だったと思いますが、なにせ小学生でしたから中型犬でも吠えたら怖くて、道の端を恐る恐る通っていた記憶があります。
ですが、ある時恐れていたことが起きました。
その時も鎖で繋がれていた犬が吠えてきたのですが、なんとかその場所を通り過ぎてホッとして歩いていると、突然後ろの方で犬の吠える声がしてきました。
ところが、なんとその吠える声がだんだんと近づいてくるではないですか?
ふと後ろを振りかえると犬がこっちに向かって走ってきているではないですか、驚きましたがそう思う瞬間もなく犬がわたしの体に飛びついてきました。
ワァー!
と、思っていたら飼い主の方も一緒に走ってきていて、すぐに犬を引き離してもらったのですが、本当に怖い思いをしたことがあります。
(噛むということではなく体に飛びついてきました。)
これは今思えば、たぶんですよ。
わざと鎖をはずして、わたしに飛びつかせたのかなと思います。
なんせ小学生でしたからね。
それがちょっとばかしトラウマになっている時もありました。
でも、動物や生き物が好きに変わりはありません。
なので、小学生の時からこの集団ストーカーというのが始まっていたことは確かでしょうね。
その当時からこの集団ストーカーという言葉があったかどうかは分かりませんが、嫌がらせのようなことをされていたのは確かです。
なので、この集団ストーカーというのは家族からの継承だと思っています。
なので、家族や親族は大なり小なりなんらかの嫌がらせのような行為を受けているはずです。
このような頃から、集団ストーカー的な行為は始まっていたと思います。
その場所の近くの人も母親の死亡とともに亡くなっている人がいます。
またまた小学生の頃の出来事ですが、散髪は近くに散髪屋さんがあったのでそこで散髪をしてもらっていました。
ある時、散髪が終わって店を出たら、なんと馬車が来ました。
馬車が来るのは構わないのですが、その馬車の馬がですね。
大きな落とし物をしていきました。
道路を横断しようとしていた場所に落とし物です。
まぁ、馬の落とし物は牛の落とし物に比べて繊維質の感じでしたからそこまで。
昭和30年代の後半の頃ですから、まぁありかなという感じです。
牛の落とし物は、わたしが中学生の頃に鳥取市には千代川(せんだいがわ)という川があり、その河原で飛行機のUコンを飛ばしていたこともありました。
その時に牛の落とし物を踏んでいたこともありました。
(その当時と現在はガラッと変わっています。)
母親が生前の時は、母親のことだから皆さんにおもてなしをしまくっていたのかなと思いますね。
その流れからその子であるわたしも同じようなことをするのかなと思っていたと思いますが、違っていたという感じだと思います。
このようになっているのも全てはこの言葉に集約されると思います。
それは『欲』です。
自分の欲のために他人を犠牲にしてでも。
と、いうことになっているのだと思います。
戦争もビジネスです。
この集団ストーカーもビジネスです。
和になってまとまられては困るし、調和を保たれたら困る。
そういう輩の所業がこの集団ストーカーでもあると思います。
和になられては困る輩の所業です。
要するに争いと言いますか、対立が利益を生み出します。
対立がビジネスになります。
なのでわざと、鬼を設定して「鬼ごっこ」をさせて利益を生み出しているのがこの集団ストーカーでもあると思っています。
なので、小さな啀み合いを各所に作られています。
家族間の啀み合い、地域での啀み合い。
そして小さな啀み合いから大きな啀み合いに発展をしていきます。
まぁ、国どうしの啀み合いなどです。
これが日本の現状で世界の闇だと思います。
その影に潜んでいるのが、やはりこれだと思います。
『お金』です。
これのために啀み合いに発展していると言ってもいいです。
このお金の奴隷から脱却しなければ、この世の中はいつまでたっても変わらないと思います。
・嬉しい方がいい。
・楽しい方がいい。
・面白い方がいい。
まぁ、面白いはオマケのようなものですが、
この世は、ただそれだけでいいのだと思います。
では、


