この集団ストーカーと半島の考え方は似通っていると思います。
そもそも、この集団ストーカーという工作は半島出身の方が多く加担しています。

そこに日本人を引きずり込んで行われています。
日本人を引きずり込み、地域を巻き添いにして行われています。

この集団ストーカーの考え方と言いますか、基本的な理念はお金儲けにあると思いますが、そこにはまた日本の享受も見え隠れしているのではないでしょうか?

反日は国の政策や教育であって考え方ではないと思います。
要するに職業はなんですかと聞かれて、反日ですと言っても通用すると思います。
(そんなことを言う人はいないと思いますが、)

反日の目的は損害賠償の請求なのかなと思ったりもします。
まぁ、簡単な金儲けの手段でもあると思います。
(賠償金の請求です。)

この反日の考えというのが、日本を悪者にしています。
この集団ストーカーでも、ターゲットを悪者扱いにされています。
(実際はどちらも逆なのですが、そうすることで優位性を持たせています。)

戦争などでもそうなのですが、敗戦側は勝者よりも悪者扱いにしなければ正当性が保てません。

なので勝者によって全てが勝者の都合のいいように変えられてしまいます。
なので、歴史なんてものは嘘ばかりなっています。

ここで問題なのは、敗者は勝者に何も言えないということが言えます。
なので、歴史を変えられてもそれを受け入れるしかありません。
(これが日本の戦後の歴史だと思います。)

これは、この集団ストーカーに当てはめても間違いではありません。
それによって、防犯活動に多額の税金が投入されていると思われます。

考えてもみてださい。
実際とは違う人間を第1級危険人物に仕立て上げているのですから、だから防犯対策も楽で楽で楽しみながら行っていると思いますよ。
(ターゲットの周りをウロウロするだけで十分なのですから、楽なもんだと思いますよ。それに始めっから危険でないとわかっている人間を仕立て上げているだけですからね。そりゃー仕掛けている側は笑いが止まらないでしょうね。)

ここに継続するわけがあると思いますよ。
税金という甘い汁が吸えますからね。

こう考えてみると、考えかたは違っても賠償金の考え方に合致するのではないでしょうか?

日本にいる在日の方や半島出身の方は、日本が悪いことをしたのだから生活の保障をしてと言えます。
(だから日本を悪くする必要があります。)

なので生活保護も同じ考えになります。
職業はなんですか?

生活保護です。
(これも正直には言えないでしょうけど、そういう考え方もできます。)

もし、これがですよ。
これが日本を悪くする捏造がなければ成立しませんからね。

なので、集団ストーカーもそうなのですが反日も同じで終わりがないと思いますよ。
歴史は一つで、事実しか存在しません。
(いずれは、化けの皮が剥がれるときがきます。嘘は嘘です。)

なので、日本の覚醒はここまでだと思います。
覚醒とは真実を知るということでもあります。

それは在日の人や反日の考えの方には不可能だと思います。
日本で真実の歴史が浸透しない理由はこんなところにあるのだと思います。
(もし、朝鮮戦争で日本に密入国した人がいればどうなります。日本に居れますか?でも過ぎ去った歴史です。日本はそこまで言わないと思います。わたしもそんな古い不都合な歴史まで掘り起こしたくはありません。)

これからの世の中は、こんなことをやっている連中はいらなくなると思いますよ。
これからの世の中にはこんな連中はいらないでしょう。

便所と風呂場の状況を見ても明らかにそう思えます。
なぜ、この集団ストーカーが摘発されないのかと言いますと、この集団ストーカーが上手くできているからです。

上手くできていると云う表現がおかしいのですが、違和感を感じさせないで工作が行えるような状況を作りあげられています。

これがこの集団ストーカーを指揮している動かしている輩が捕まらない理由でもあります。

毎回申し上げますが、この集団ストーカーの工作は犯罪です。
この集団ストーカーに加担している連中は犯罪という認識がありません。

犯罪という認識があれば出来ないでしょう。
この集団ストーカーは縦社会です。

縦社会の中で行われています。
その縦社会の指示で動いています。

これはもう、犯罪とかを認識する以前の問題です。
この集団ストーカーが上手くできていると云う理由では、まず日常生活をしているだけで、それがターゲットに対しての工作になっているということです。

加担者は日常生活を送っているだけで十分工作になります。
その日常生活のリズムを繰り返すだけで工作にもなり、また金銭的にも収入が入ると思います。

その日常生活をちょっとオーバーに行ったり、指示に従ってその日常生活の行動を行えばそれが工作になります。

この集団ストーカーで最大の工作として利用されているのが音の送信です。
この音の送信が、この集団ストーカーで最大の工作といいますか?

これをなくしては、この集団ストーカーは語れないというくらいの手法と言いますか工作でもあります。

要するに加担者は指示に従って日常生活をちょっとだけオーバーに表現すればいいだけです。

どこにも犯罪性は潜んでいません。
これがこの集団ストーカーの最大の魅力だと思います。
(加担者にしてみればですが、)

音の送信がこの集団ストーカーの最大のメインとなる工作です。
加担者にも何か犯罪めいた行動をしていると云う考え方は存在しないはずです。

氣軽に指示に従って動いているはずです。
この加担者が日常生活として行っている、行動で出る音やしゃべり声がダイレクトにターゲットの部屋に音の送信として送られてきます。

なので、真横にいるかのような存在感で音が聞こえてきます。
これがこの集団ストーカーの最大のメインになっている手法です。

この集団ストーカーから音の送信をなくしたら、この集団ストーカーは成立しないでしょう。
(自宅に居るときなどは加担者による人海戦術は使えませんからね。まぁ加担者はやってきますが姿は見えません。自宅に居ても行える音の送信が有効になります。)

それによって軋轢(あつれき)を発生させようとしているのが、この集団ストーカーを仕組んでいる輩です。

わたしがいつも言っているのは、今までの世の中はすべてが職業です。
どこかで利益を得る仕組みが必要になります。

なので、この仕組みを必要とする世の中であれば、いつまでも同じことの繰り返しが行われるでしょう。

そして音の送信は、ボリュームの調整ができます。
音を強くしたり弱くしたりできます。

虫なのどの音は、このボリュームの調整をうまく利用しています。
最初は大きな鳴き声で聞こえ、次第に時間をおいて小さく聞こえるようにします。

そうすることによって、虫が移動した効果を演出できます。
まぁ、これは単に音を出している金属を遠くに変えただけかも分かりませんが、そのような効果を出すこともできます。

現在午前7時頃なのですが、なぜ今もこの連中がウロウロして音の送信を行っているかと云うとあることの邪魔をするためにうろついていると思います。
(それは朝に瞑想めいた瞑想を行っているからです。)

この連中の目的は、ターゲットの行動の邪魔をするという目的があります。
すべてにおいてターゲットの行動の邪魔をされています。

この集団ストーカーを仕組んでいる輩は、わたしの行動を細かく把握しているはずです。

しかしですね。
わたしも時間通りの行動はできません。

この連中の工作は前回の行動の時間をもとに工作が行われています。
加担者側にしてみれば、それが最善だと思います。

その行動や目的が上手く成立しないように集団ストーカーは行われています。
加担者は、その阻害を日常生活を利用して行っています。

それを、からかい半分で行っていると思います。
わたしがよくこの集団ストーカーを認識していなかった頃、このようなことを頻繁にされていました。

その頃はテレビの占いを見て出勤をしていました。
占いでいい時は悪いことが起きて、占いで悪い時はいいことが起きていました。

結局、この集団ストーカーはこのようなことを人工的に起きるように動いています。
このように、からかいながら楽しみながら工作を行い、ゲーム感覚でお金儲けをしていたと思われます。
(現在も進行形ですが、)

ここに半島の考え方を当てはめると、ピタリと当てはまるはずです。
事大主義でもあり、長いものに巻かれ強いものに従うという民族性です。

半島の考えでは、日本は弟であり劣っているという考え方があると思います。
この集団ストーカーの工作は、ターゲットだけに分かる工作が多く存在しています。

そのやっている工作が世間にバレると、やり方を変えてきます。
植物の葉を切っていたことがバレたら、今度は虫を利用して葉っぱを食べさせ葉をボロボロにされてますからね。

この虫を発見したのは14日の朝でした。
14日の朝、裏庭に出てみると野菜の葉を虫が食べていました。

一見すると変な感じに思えました。
なぜ、そのように思ったかと言いますとあまりにもコントラストがありすぎたからです。

虫は天敵から身を守るために、擬態や同色になるものもいます。
しかし、この虫は緑の葉っぱに黒でした。
(この虫は、これでいいのかなとも思います。何か理由あるはずです。)

これは、もしかしたらこの集団ストーカーの工作と同じように直ぐ分かるようこの連中が連れてきたのかなとも思ったりしていました。

昨日はいなかったのに今日はかなりの数がいました。
わたしは近眼でメガネをかけていなくても、認識をすることができました。
(目のいい鳥だったら直ぐ発見するでしょうね。)

でもわたしは何もしません。
そうなるべくしてそうなったのだから、必要以上に手を加えることはなるべく避けたいと思います。

自然界のことでもあります。
人間や環境に不都合がなければ、必要最小限にとどめておきたいと思います。
(住んでいる環境が汚れてくれば木の枝などの剪定や草取りなどもしますが、基本的な考えとして自然は自然に任せるという考え方があります。)

その虫もその葉っぱが好みで食べているのであれば、それも良しかなと思っています。

それを商売にしている人なら、そのような訳にはいかないと思いますが、わたしなどは趣味の範疇です。

自然界に逆らってもどうにかなるものではありません。
自然界に従うべきだと思います。

しかし、野菜も食べられてばかりでは、その野菜の存続が危ぶまれます。
それと、この野菜の種は外国産の種です。

もしかしたら、この裏庭の環境にあっていない場合もあります。
それで、虫に食われている場合もあります。

植物の存続が望まれる環境であれば虫もむやみに食べないと思います。
なので、これはこれで正解なのかも分かりません。
(これが虫の知らせかな?)

葉っぱも随分と枯れてきました。
白く写っているのはかけ布団の綿です。

亡くなった母親が使用していた布団です。
土に戻したいという意味もあり、そのようにしていたのですが、その前に試してみたいことがありました。

それは、布団の綿に穴を開けその下にある土に種を蒔いたらどうなるかと思ってやってみました。
(結果はご覧の通りで、それもわるかったのかなと思います。確か大根の種を植えたはずなのですが、こんな状態に、まぁ畝も作ってないのでね。)

いずれは、土に埋めて自然に戻したいと思っていましたが、何せ化学繊維ですからどうなりますか?

敷き布団は綿だったので、わりと早く土になったのですがどうなりますか?

まぁ、わたしの考えとしては、人間の入る余地などはありません。
わたしが残念に思っていることは、野菜の種までこの連中の工作の手が回ってしまっています。

わたしが行く店では、国産の種はほとんど手に入れることは出来ません。
外国の種は、その外国の土地にあった種です。

その種を日本の土地に植えても合うはずがありません。
(日本の土地と同じ条件であれば問題はないのですが、)

なので、その種を日本で育つ野菜に変える必要があります。
それが一つの試練として現れているのだと思います。

わたしの出る幕ではありません。
わたしは補助をするだけです。

そしてカメムシも見ました。
カメムシもすぐわかりました。
(それは、わたしの目の高さにあり、直ぐそばで見れたからです。)

家の中に出没するカメムシと違って色は青でした。
アオカメムシでした。

青いカメムスが青い木の葉にいると遠目では分かりづらいです。
近づけば分かりますが遠目では判りにくいと思います。

これが自然界のカモフラージュだと思います。
これから、この連中の工作がこのような形で現れてくると思っています。

このカメムシは桑の木の葉にいました。
わたしは毎朝裏庭に出ています。
(雨が降っていなければ出ています。)

16日も午前8半ごろに裏庭に出てみました。
空にはかなりの雲がありました。

その雲は北東方面にかなりの速さで流れていました。
北東方面に流れるということは南西の風が吹いているようです。

裏庭に出るとそこまでの風は感じませんでしたが、上空は南西の風がかなり吹いているようでした。

それは建物なので風を遮られているからで、遮るものがなければかなりの風を感じていたと思います。

今日のスマホの氣温の予報は、朝見た時点では最高氣温が18度、最低氣温が12度でした。
(南よりの風なので日中はもっと氣温が上がると思っていましたが、日中は真逆の風になりました。思考を読まれたかな?)

そして、わたしが家に上がった瞬間に、ヒヨドリらしい鳥が桑の木にやってきました。

なぜ、桑の木にやってきたかと言いますと、桑の実が目的でやってきます。
裏庭に出た時は、桑の木も見ています。

今桑の実がたくさん成っています。
その桑の実を食べにやってきたのだと思いますが、そのタイミングですね。

わたしが家に上がったタイミングに鳴きながらやってきました。
わたしに氣がつくように鳴きながらやってきています。
(鳴き声は別出しかも分かりませんが、)

最近は、このような工作と言いますか行為が増えています。
なぜ、でしょうか?

この連中は、わたしを危険人物に仕立てあげて防犯活動を行っています。
(この防犯活動でお小遣い稼ぎのようなことも行っていると思います。)

もしですよ。
これが捏造や冤罪のようなことだったらどうなりますか?

面目丸潰れどころじゃありませんからね。
下手をすれば検挙の対象ですからね。

なので、怒らせる工作やターゲットから手を出させるような工作を頻繁に行ってきています。

昨年も桑の実はできていました。
しかし、わたしは食べることもなくそのままにしていました。

これが自然の恵みだと思います。
それだけで感謝です。

この桑の木は、柿の木のそばの道路に近い場所に生えていました。
わたしがパッと見て、このまま大きくなったら道路にはみ出して迷惑になると思い場所の移動を考えていました。

最近、この場所でこのようなことをされていました。
この植物は、かなり前に相当抜かれていましたが、年月とともに復活をして元に戻っていましたが、最近このように葉っぱをちぎられていました。

そして、このそばには鉄柱も埋めてあります。
このように土深くまで埋められた鉄柱はどうすることもできないですね。

そして移動場所はどこにしようか考えていました。
山に植えようか、山ならどこがいいか考えても思いつく場所が見つかりませんでした。

下手なことをするとこの連中に抜かれてしまいますのでね。
それでいい場所も見つからずそれなら裏庭にということで裏庭に植えてあります。

この桑の木を掘り起こしてみると、結構深いところまで根を張っていて掘り起こすのが大変でした。

わたしはこの時、肋骨を痛めています。
ある程度掘り起こしたのですが、それ以上掘り起こすことができず引き抜くことにしました。

その時に肋骨を痛めました。
途中で根っこが切れて、何かが肋骨にあたり痛めました。

今は何が当たったのか覚えていませんが、切れた勢いで手が当たったのかもわかりませんが今は思い出せません。

思い出す必要もないと思っています。
(しばらくの間、普段は何ともないのですが運動をすると痛みを伴っていました。)

そして裏庭に植えてあげ、しばらくは毎日水をあげて桑の木を励ましていました。
あれから何年になるのかな?

日付も覚えていませんが、今ではこのように実をつけるようになってくれました。
わたしはこの桑の実で何かをするというわけではありませんので、鳥がつまんで食べても問題はありません。

自然の恵みです。
わたしも食べる機会があれば、今年は食べてみようかなと思っています。
(少し剪定が必要なくらい伸びてきました。)

これがこの連中の得意な工作です。
第三者を使った工作です。

人間も鳥や昆虫・小動物などもこの連中にとっては何の関係もないはずです。
ただの工作のアイテムとしか思っていないと思います。

思っていたら出来ないでしょう。
思っていないから出来るのだと思いますよ。

自分の手は汚したくないけど、何かをしなければならない必要性にかられているのでしょうね。
何もしなくても生活ができるという考え方と真逆の考え方なのでしょうね。

人よりも多く、もっともっとという感じなのでしょうか?
これは職権濫用工作とでもいいましょうか?

わたしから言わせてもらえれば、卑怯で汚いやり方をする連中だと思います。
徒党を組まないとできな連中です。

徒党を組むというのが、昔から半島の考えにあるようですね。
この徒党が集団に変わったのだと思います。

生活保護を支給してもらうにしても、徒党を組んで市役所に乗り込むような行動が昔から行われていたようです。
だから集団ストーカーという地域を巻き添いにした工作が行われています。

そこまで言いたくはないのですが、海の生き物でも野生の生き物でも大量の群れで生活をしている生き物がいます。

なぜ大きな群れで生活をしているか考えたことがありますか?
ライオンのような家族的な群れとはまた違った考え方の群れ方です。

弱さや卑怯さ、そして秩序を乱す工作・行為を集団の中に閉じ込めているような氣がします。

集団ストーカーというのはそれを露呈しているような感じにも思えます。
自分の手は汚さない卑怯な考え方です。

得るものだけは得るような。
この集団ストーカーに理念というものが存在しているのでしょうか?

情報がお金に化ける時代です。
しかし、情報を収集しただけではお金になりません。

この集団ストーカーの防犯活動を模擬した情報収集も、ただ情報を収集しただけではお金になりません。

そこには、一次産業・二次産業・三次産業的な考え方が必要なようです。
言ってみれば情報を盗み、それを製品化し販売するところが必要になります。

わたしの自宅周辺は一次産業を行っているところですね。
いずれは防犯活動の裏の情報収集と金儲けが問われる時が来ると思います。

ちなみに、5月18・19日はお祭りです。

では、