集団ストーカーは存在しています。
そして日々の出来事のように工作を行っています。

この集団ストーカーは、裏と表で成り立っています。
裏と表の構成で成り立っています。

裏の工作で不都合を作り出しています。
そして表でその問題の解決策を構築します。

そこには、ターゲットのレッテル貼りが行われています。
レッテルを変えることで、工作が継続されています。

これにより利権とも言えるお金の流れを作り出しています。
人為的に需要を作り出し、問題解決に施工が供給されます。

この集団ストーカーは、請負人のような面もあります。
企業のリストラの請負人だったりもします。

もし、それが国レベルの請負人だったらどうでしょうか?
この集団ストーカーは、そのような面も持ち合わせています。

そして、そこには需要と供給を発生させています。
人為的に需要と供給を作り上げます。

工作とお金もうけ、そこに利権が構築されます。
この集団ストーカーは、工作と金儲けです。

 

昨日、午後8時22分頃に自宅に帰ると、団地の入り口の所に女子高生らしき人が歩いていました。
(これも工作だと思います。)

これもこの方達のやり方で子供をわざと近づけてきたり、行く場所に子供を配置させていたりとか、今までに何度もされています。

これは、もしかしたら子供の防犯パトロールなのですか?
いやいや、子供防犯パトロールなんて無理です。

無理だと思うし、やらせるべきではないと思います。
なぜ、そこまでさせる必要があるのでしょうか?
(これは今までの裏社会の行ってきた内容を隠すためなのでしょうか?)

これはわたしをそう言う人間、人物像にして陥れようとしているのではないでしょうか?

わたしはオタクでもないし、あいにくそのような趣味は持ち合わせていません。

悪しからず!!

以前このような事がありました。

近所の人にこの番組面白いから見てみろと、いわれました。
面白いのであれば、見ようと思いました。

しかし、それが何と少女マンガだったのですね。
わたしもどのように面白いのか、どんなことが面白いのか何度か見ました。

しかし、んーっ!
わたしにはちょっとと言う感じでした。

近所の人には面白いと言っておきましたが、
それからは、一度も見ていません。
(わたしには合いません。)

多分、この事も要因になっているのだと思います。
(わたしにオタク的な趣味はありません。わたしの趣味は釣りでした。)

このように周りの人間が、あーだこーだとチビチビ、チビチビと流布工作をやっていると思いますよ。

そして、駐車場に着くとまた明かりを当てられていました。

これはネットの内容によって、明かりを駐車場に当てるか当てないかが決められているようでした。
(たぶん、ネットワークで連絡が入るのだと思います。)

今日の朝は、午前5時35分頃にカラスが鳴き始め、午前5時45分頃にジャバジャバジャーッと垂れ流しの排水音が台所から響き渡ってきました。

午前5時53分頃と57分頃にガラガラ、キュルルル、ガラガラトンと窓ガラスを開閉する音がしていました。

そして、午前6時頃に救急車のサイレンが鳴り始めました。

いつもなら布団の中で目を覚ました時に救急車のサイレンが鳴るのですが、火曜日と金曜日はゴミ捨ての日なので、ゴミ捨てに出る時間に合わせてサイレンを鳴らしているようです。

なので、今日もゴミ捨ての前あたりにサイレンが鳴っています。

今はまだ足が完璧に直っていないので出ていませんが・・・

そして、もうひとつ不思議な現象があります。

この場所では、火曜日と金曜日に天気が崩れる事が多いです。
(ゴミ捨ての火曜日と金曜日を狙ってるのかな?現在2022年は、わたしが出掛けそうな日にケムトレイルを撒いているような氣がします。この2023年の7月にはほとんどケムトレイルはなくなっていますが、気象の操作の雨と風は相変わらず行われています。)

午前6時10分頃に、外で話し声が聞こえてきました。

出掛けるまで窓ガラスの開閉音と排水音が交互にしていました。

出掛けると、また自宅の近くで道路工事が始まっています。

掘ったり埋めたりで、道路がアスファルトのつぎはぎでバッチワークのようになっています。

以前の事務所に居た頃、ラジオからこのような事が流れてきました。
携帯電話の待ち受け画面を真っ黒にしている女性が増えていると云う内容でした。

真っ黒にしていると鏡のように自分の顔を映す事ができて、今の状態をチェックできるからだということのようでした。

あー、なるほどね。
これは、わたしが氣にしていたパソコンの画面と同じことですね。

わたしは、つや消しの画面が好きなのですが、なかにはつやのある画面もあります。

つやのある画面は、やはり鏡のように映ります。
これは、なぜこのようにしているかと云いますと、それはわたしの目にあります。

わたしは、思考を読み取られています。
思考の映像も同じように読み取られています。

これは、どのようなことかと云いますと、思考の映像を読み取られています。
思考の映像を読み取られているのであれば、目で見た物も読み取られています。

それは、思考の映像も目で見た物も同じ場所に反映されるからです。
だから、わたしが見ている物は映像としてこの連中に伝わっています。

これを踏まえた上で、携帯電話の待ち受け画面やパソコンの画面のつやの話しに映ります。

いわゆるこれは、鏡ですね。
わたしの見たものは、この連中に映像として伝わっています。

つやのある黒い画面だと自分の顔が映り、自分の顔が情報として伝わります。
(鏡を見ているのと同じ状態です。)

なので見た物は分かっても、わたしそのものは見ることは出来ません。
このように云えば、だいたい検討がつくと思います。

そうですね。
わたしの顔を見るためには、わたしを何かに映す必要があります。
(わたしは、これを嫌ってずいぶんと長い間鏡をみなかったです。今はサービス精神です。慣れというものは・・・、)

しかし、この携帯電話の待ち受け画面の本当の意図は分かりません。
しかし、しかしです。

わたしの使用しているパソコンの画面はつや消しもありますが、黒いつやのある画面もあります。

この黒いつやのある画面に、顔が映るのは極力さけています。
好きではないですね。

このようなこともあるのかも分かりませんね。
しかし、鏡は黒ではありません。
(この辺りをどのように受け取るかだと思います。)

そして、これもわたしだけに聞かせたいものなのか、わたしの聞いているラジオだけの話しなのか?

それも分かりません。

以前も、ラジオからわたしだけに色々なデマも聞かされていたと思います。
なので、この携帯電話の待ち受け画面の真意は分かりません。

まぁ、これと云うのもわたしの使っているパソコンに要因が有ると思います。

みなさんもそうされていると思いますが、パソコンに触っていない時は節電や焼き付き防止の為に画面を落としていると思います。

これには色々と設定がありますが、わたしの場合は真っ黒にしています。

スクリーンセーバもありますが、わたしは真っ黒にしている方が落ちつきます。
しかし、つやのある画面だと真っ黒にしていると確かに顔が映ります。

つや消しの映らないモニターもあります。
わたしの使っているパソコンの画面は映ります。

わたしの場合、目からも情報が伝わっているので余り映したくないですね。

わたしの見た物は情報として伝わっていると思いますが、わたし自身は見れないのでね。
そのあたりで、このような工作が行なわれていると思っています。

本人の情報を得るために、本人が映るものを配置しているのではないでしょうか?

ハードディスクも前面の一部がミラーになっていてよく映ります。

携帯電話の待ち受け画面を真っ黒にしていると言うのは、この事をごまかすあるいは隠すための工作ではないでしょうか?

では、
 
 
トップページ